69歳介護士への道~一緒に喜びを感じた瞬間
2021/06/18
映画「プラトーン」のポスターで印象的な両手を広げて天を仰ぐシーンをご存じだろうか。
その、両手を広げて天を仰ぐシーンを目の当たりにする感動的な出来事があった。
とても天気の良い日でご利用さんの車いすを押してお部屋に戻る際に、「いい天気ですねえ」と声をかけたところ、「外に出て日の光に当たってみたい」とおっしゃったので看護師の了解を得て特別にちょっとだけ外に出てみることにした。
玄関から外に出て、庭に立派に咲いた紫陽花を見た後、太陽の日が差しているほうにお顔を向けてほしいとおっしゃるので車椅子をターンした。
その時、映画「プラトーン」の両手を広げて天を仰ぐシーンと同じように両手をいっぱいに広げて「気持ちいい!」とおっしゃった。
映画「プラトーン」の両手を広げるシーンはは絶望的な状況だが、ご利用者さんのそのポーズは喜びに満ちていた。
コロナ禍で長い間外出禁止が続いていたため、待ちに待った時間だった。
まぶしい日の光を浴びて何度も「気持ちいい」とおっしゃっていたその時間を私も一緒に過ごせることに幸せを感じた。
このように利用者さんと一緒に喜べる時を過ごせるようになるとは、一年前の、出社1日目では想像もできなかった。
介護士1日目の夜
家に帰ってやったことは、早く利用者さんのお名前とお顔を覚えるためにメモの整理だ。
今思うと早く仕事の全体像を把握しようと必死にメモした。
無駄なこともたくさん書いた。
全体像が頭に入っていないと次に何をやるのか予測がつかず、闇夜を手探りで歩いているようなものだった。
私の性格かもしれないが全体が見えていないと人より強く不安を感じる。
点の作業から線の作業、面の作業を把握しておきたいという気持ちが強かった。
これも職業病か。
Mさんの後にくっついて必死でメモを取った。
・訪室した方や介助して時に得た情報のメモ
・8:30~17:30までの一日の業務の流れと内容が書いている業務予定表
・ご利用者さんのお名前と部屋番号のメモ
・食事をする席とお名前を書き込んだメモ
全体の大きな流れは、先日書いた「69歳介護士への道~介護現場の初日があっという間に過ぎた」に書いた。
また、各メモを見ながらお名前入りのお部屋の配置図、テーブルの配置図も作成した。
それは、「●●さんに持っていって」「●●さんの部屋に行ってきて」と言われた時にすぐに飛んでいけるようにするためだ。
ところが、メモを整理してわかったことは、部屋は満床でご利用者さんは21名だが昨日何らかの支援をさせていただいた方は数名だと分かった。
また、一日の業務の流れと内容は大筋では同じだが当日のシフトに入っている介護スタッフによっても違う。また2Fと3Fとも違うことも後で分かった。
文字化されていない業務や業務の出来栄え基準も明確になっていなく、介護の基本は同じだが、具体的な作業の内容は一人ひとり違っていた。
仕事のペースも違うため、自分がやっていることは遅いことは確かだが、どこまで早くなれば標準時間かわからず、時には「早くやって」と言われてもすみませんというしかなかった。
このことで後々で苦しむことになった。
8時30分、3Fに上がった後のメモには以下のことが書いてあった。
3Fのフロアーに入る前に靴(バドミントンシューズ)の紐を締めなおす。
これは長年バドミントンをやっていた習慣で体育館の中に入る前に紐を締めなおすと「今日も頑張ろう」という気持ちになるからだ。
フロアーに上がると既に、夜勤の人、早番の人、日勤の人、が忙しそうに食事介助や、食事水分摂取量の記録と下膳、配薬、居室への誘導、など慌ただしく動いていた。
これも後で分かったが、日勤は8時30分からだが日勤の人は8時16分になったらタイムカードのようなものをタッチして入力し、だいたい8時20分前には仕事を始める。
これは、夜勤者と早番の人だけでは手が足りないために暗黙のルールで8時30分前から業務を手伝うのだ。
早く言って手伝うことで助け合いの気持ちが生まれて仲間として認められるためのワンステップだ。
こういうことは誰も教えてくれないから、空気を飲むしかない。
私はそのことを知らなかったので、8時30分ちょうどに3Fに上がり食事介助を始めた。
介助に入る前に業務連絡ノートに書かれている内容に目を通して介護に必要な情報を把握する。
そのノートには、「●●さんの口腔ケアは歯磨きティッシュをつかうことになりました」とか、「▽▽さんの車いすを交換しましたので、使い勝手などを観察し気づいたことは後で教えてください」など記載されていた。
食事介助は初任者研修で研修生同士で体験しただけだったが、口元への運び方や飲み込んだかの確認方法など安全に食べていただくための介助のポイントは頭に入っていたが、実際に人の口に食べ物をはこぶことにドキドキした。
ちゃんと飲み込んだかを喉ぼとけの動きをみながらドキドキしながら少しずつ差し上げた。
中には眠そうにして下を向いてなかなか食べようとしなかったり、お口を開けていただけなかったり、声掛けをしながら促すのだが進まない。
30分過ぎても2割程度しか召し上がらなかった。
Oさん(男性)、食事が終わったので居室に誘導し口腔ケアをするように指示があった。
そのOさんの入れ歯を外し洗って容器にいれ水を水の中に昼食まで浸すようにして保管する。
Oさんをベットに移乗し排泄の介助をする。
終わった時のは8時45分、「手塚さん、朝の申し送りにいきますよ」と声をかけてくれたのは施設長だった。
初めての申し送りに参加する。
昨夜のご利用者さんの内、特に日勤に伝えるべき方8名の報告があった。
微熱や痰の吸引、臀部の褥瘡、など日勤で注意すべきことだった。
申し送りで得た情報を3階のフロアーに上がって他のスタッフに伝え、それが終わって9時からの排泄にまわった。
他のスタッフと手分けして排泄にまわった。
今日は施設長について回ったが、「手塚さんやってみますか?」と言われハイと返事して、拘縮の強いIさん、他3名の方の排泄介助をやった。
施設長はやらせてみて覚えてもらうという指導方針だと知った。
そのおかげで早く実作業をやることになった。
その後、10時のお茶の準備だ。コーヒーを作るが、ミルクや砂糖の量、熱さ、など一人ひとりの好みに合わせてつくる。
同じ日勤で入っているスタッフの方から紙に書いてある「コーヒーのお好み表」を見ながら作れば良いと言われたが、その方は手際が良く作っていくのでメモを取りながら数名分作るのが精一杯だった。
この後、車いすから立ち上がろうとする人への対応や居室内のベットから降りて動いた時にセンサーが反応してメロディーが鳴って訪室して安全を確認するなど、昨日とは違う「見守り」という仕事もあることが分かった。
車いすから立ち上がろうとする人も、ベットから降りようとする人も、自分が動けないと理解できない人なので、動いてしまうのは当然なのだ。
動こうとするのは何か理由があるからだが、多くはトイレに行こうとされることが多かった。
新たに教えていただいたことは、iPadに排泄の記録、食事水分の摂取量の記録、の仕方だった。
夕方、入院されていた方が施設に戻って来られた。
コロナ感染防止のため、食事も含めて2週間居室から出ないで過ごしていただくことになった。
夕方の申し送りに出て、3階に上がり、夕食に合わせて居室からの誘導の仕事をやり、17時30分で終了した。
書き忘れたが、この時期はバスと電車を使って通勤していたがこの後コロナ感染が広がってきたため車を使って通勤するようになる。
続く
カテゴリ:介護の仕事